亀谷レポート
第38話 『痔にはご注意を・・・。』
今日は9月の9日。少し早いとは思うのだが、そろそろあのシーズン到来であろうか。
朝、駐車場の片隅に生える、大きな柿の木の様子がおかしいのである。やたらと葉が散らばり、実も散乱している。もしやと思い木を見上げると、半分から上の枝という枝がへし折られ、無残な状態。中間には枝を敷き詰め、そこに座ったであろう熊座も確認。間違いない、熊である。
5年ほど前にも現れ、散々暴れていったことがあった。やっとその痛手も消え、枝葉が元に復元された矢先の事。何やら複雑思いである。前回も散々食い荒らし、くっきりと鮮やかな大きな足跡を残していった。
今回の痕跡はどんな物かと辺りを見回す。有りました。
見事です。当、亀谷に住み始めて、何度となく熊の痕跡は見てきた。 しかし、今回の痕跡は今までに類を見ない。歴史的と言っても良い、特別な一級品である。
それは、写真にあるように、見事なウンチである。大きさが分かるように、耐火レンガと一緒に写してみた。この耐火レンガは、縦×横×高さが、11×23×6,5㎝である。如何に巨大な一物かが、分かって頂けると思う。
長さはともかくとして、その太さは圧巻である。直径約6センチ以上有る事になる。こんな、見事と言うか巨大と言うか。私は生まれてはじめて見る事になった。
しかも、よく見れば3カ所に同じような物が存在したのである。となれば、1頭での犯行では無い。おそらく、2頭以上で訪れたと考えるのが妥当であろう。
人間の知らない間に、このような大宴会が繰り広げられていたとは驚きである。腹一杯になるまで食事を堪能し、ゴチになった証として、置き土産となったのであろう。
食べ散らかした宴会の跡は、例え人間の世界の物であても、決して美しい物では無い。ましてや、熊の食い散らかした痕跡というのは結構すさまじい物であった。
『お~い、酒もってこい。酒が足りんぞ!!。』こんな叫び声がしていたのかも知れませんね。人間には理解できない熊語でね。
まだ、柿は半分残っているから、来週辺り、また来るかも知れないね。 今度はカメラを持ってお迎えしようかな。
でも、心配になっちゃいますよね。あんな大きなウンチして、 痔 は大丈夫なんですかね。
第37話 『花が咲くなんて・・・。』
ご近所に住むNさんに本を頂いた。それは但馬地域の自然環境をとりまとめた本で、この地域で絶滅の恐れがある動植物を列挙した、いわゆるレッドデーターブックである。 朝のトイレのお供にと、個室に持って入り、ペラペラとページをめくる。中には、以前から問題になっている、各種の動植物の名前が掲載されていた。「ああ、これもか・、あれもそうなのか・・・。」読み進めながら、最後の3ページ前で手が止まった。
「ミスミソウ」と言う表記があったからである。ミスミソウについては、私は20年前から、名前も、その存在も、その特徴的な葉の形も知っていた。
当、亀谷の何処に生息しているか、その場所さえ知っていた。
特にここ10年は、ミスミソウが、愛犬の散歩コースに咲いているので、毎日のように確認していた。
大きな三角形の、3辺の真ん中に、それぞれ小さな切れ込みがあるような葉で、3カ所の切れ込みのおかげで、かろうじて3つの葉に見えるような、極めて特徴的な葉の形をしている。
葉の3方向の先に角があるように見えるので、三角(ミスミ)草と言う名が付いたと言われている。
痩せた岩場に生える、かなり珍しい植物である。私も20年見ているが、いくら探しても亀谷では、そこでしか見たことがない。
しかし、私が一番驚いたことは、ミスミソウが珍しい存在だという事では無い。何故なら、数は少ないかも知れないが、20年も前から知っているからである。私にとっては、そこに行けばいつでも見られる普通の植物であった。
しかし、その頂いたレッドデーターブックに掲載されているミスミソウには花が咲いていたのである。白い可憐な花が咲いた写真が掲載されている。
ここ10年はほぼ毎日見ているが、一度も花を見たことが無い。何でや・・・?
『本当にミスミソウなんだろうか、なんで花が咲かないのだろうか』
『誰か、ミスミソウについて詳しい人、教えてくれ!!!。 花咲くんか、見たこと無いで。10年も見てるのに』
第36話 『本当なんだ・・・。』
今日は6月の22日。何気なくテレビを見ていると、例のニュース。この時期になると、毎年放映される。私にとっては楽しみでもあり、季節を感じる風物詩のようになっている。
それは、カルガモのお引っ越しの映像である。母鳥の後をチョコチョコと追いかける姿は本当に愛らしく、何とも微笑ましい姿である。実物は見たことはないが、毎年恒例のようにやって来る姿である。
『ああ、もうこの時期が来たんだね。いつもながら可愛いもんだねえ・・。』そんな風に顔をほころばせて見ていた、一日の始まりであった。。
夕方になり、愛犬ダンの散歩の時間。いつもの、川沿いのお気に入りのコースへと向かう。川の右サイドは、一面の田んぼ。川の左サイドは山々が連なり、夏ともなれば蛍が乱舞する、美しい里の風景が広がる。
そんな散歩道にさしかかった時、ダンの足が止まった。川向こうの、山裾の一点を見つめ、戦闘態勢にでも入ったかのように、シッポの動きを止めている。
今までも、彼は、鹿やヤマドリを追い出したことがあった。何かを発見したことは間違いなさそうだと思い、私もその一点をダンと共に見つめた。黙って見つめること1分。
山裾から1羽のカルガモが川面に飛び出してきた。と、その後から、出るは出るは、コロコロと転げ落ちるかのように、子カルガモが水面へと続く。何と、9匹の子カルガモである。母親に遅れまいと、必死でよちよち、チョコチョコ、ぎこちない泳ぎで付いていく。可愛いったらありゃしない。
テレビではカルガモの親子は道路を横断していたが、現実はそうでは無かった。母親を先頭に川の上流への泳いでいったのである。追跡しようとも考えたが、ダンがあまりにも興奮して追いかけようとするので断念した。せっかくの親子の、のどかな時間を邪魔するのは酷な話であろう。
こんな自然がいっぱいの当地に住んで12年。本物のカルガモのお引っ越しを見たのは初めてである。テレビで見るのも楽しいが、実物を自然の中で、しかも、目の前で見ることの素晴らしさ。 思わず、
『本当だったんだ。』そう呟いたことを覚えている
やあ、~~。亀谷はええとこでっせ・・・!
第35話『綿のように疲れるとは・・・。』
今日は5月の30日。久しぶりの投稿となってしまった。入院の後、何やかんやあって、書き記すことから何となく遠のいてしまった感がある。
雪解け早々、オープンガーデンの日にちが決まり、家内の準備が始まった。夜明けから、暗闇が作業を止めさせるまで、山の斜面にへばりつき、草むしりやら新しい植物の植え付けやら、はたまた植え替え作業や水やりと、なかなか帰ってこない日々が続いた。
朝の挨拶は、部屋の中では無く、大声で叫び合うのである。『お~い、何処?』と、私。「東屋の横!」と家内。『そろそろ7時やで・・・。降りてきなさいよ・・・。』そんな声から一日が始まる日々であった。
今日は、二日間続いたオープンガーデンの明けの日である。家内の努力の成果であろう、庭には見事に花が咲きそろい、まるで咲き誇る自身を自慢するかのように、美しい佇まいを見せていた。
また、このイベントが新聞に掲載された事もあり、来客数もかなりの人数になった。静暖の里は、喫茶店という事もあり、花の観賞後、お茶して帰ろうという来客も多かったようである。
ただ、あまりの混雑ぶりに、来店を諦めて帰った方も多々あったと聞いている。
二日間のイベントが開け、久しぶりに訪れた開放感と共に、立ちっぱなしであった二日間の苦労を分かち合いながら、半ば放心状態でこの文章を書いている。
しんどかった。
綿のように疲れるとは正にこういう事なのか。 でも充実していた。
やはり、人が集まるというのは活気があっていいもんだなあ。
コロナの時代だから、余計にそう感じてしまう。
皆さん元気出しましょうね!!!!
第34話 『サンコウチョウは三光鳥・・・。』
今日は5月の30日。朝の目覚めと共に去年に聞いた、懐かしい鳴き声が帰ってきた。去年はもう少し春先に聞いた声なのだが、今年はどういうわけか、今頃になって初めて聞いたような気がしている。私が、聞き逃していただけかもしれないのだが・・・。
その声の主は、サンコウチョウである。日本の動植物の名前は、学名と標準和名の2種類で標記される。学名はラテン語を基準として付けられるが、標準和名は誤解を招かないようにカタカナ表記で表されるのが通常である。しかし特別な意味合いが存在する場合、漢字表記される場合が存在する。それが本日の主人公サンコウチョウである。
鳥の鳴き声を人に伝える場合、皆さんならどうしますか。鳴き真似をしても人によって上手下手があり、聞き取った声を文字で表すことはなかなか難しいですよね。そこで、一般的には聞き成しと言う形で伝承的に伝えるようになりました。例えばカッコウと言う鳥が居ます。あの鳴き声をカッコウと言うように鳴いていると聞き成したからそんな名前になったのです。ウグイスだってホウ、ホケキョウと聞き成しているでしょ。ホトトギスだって、テッペンカケタカという聞き成しを聞いたことがあると思います。鳴き声を人に伝えるためにこんな風に鳴いてることにしましょうと考えついた言葉が聞き成しです
さて、サンコウチョウの聞き成しはと言うと、
月・日・星ポイ、ポイ、ポイ、です。
月と日は、はっきり つき ひ と言うように聞こえます。しかし、星は、もはや、ち~ちり ぐらいにしか聞こえませんが、ポイポイポイは特徴的に響きます。
月 日 星 3つの光るものを鳴き声に取り入れたサンコウチョウ。だから三光鳥という表記もあるのです
皆さんも一度山道を散策してみてはどうでしょう。
野生の声に心がわくわくしますよ!!!!。
第33話 『月夜にデート・・・。』
今日は中秋の名月。満月と暦上の中秋の名月が一致するのは何十年ぶりかの事らしい。今日は何が何でもお月見をしなければならない。そう心に誓ったのである。
家内とゆっくり楽しむのも良いが、この機会に、ご近所さんとも一緒に楽しもう。そんな思いから、その日の夕方、月見団子ならぬ、月見おはぎを準備しておいた。
天気予報によると、全国的に晴れる可能性は低く、見ることが出来ない地域も広範囲に有るとの事。果たして、満月が拝めるのか、それとも曇ってしまうのか、運を天に任せる状況である。
8時45分。煌々と輝く満月が向かいの山の上に出現。透き通った空に神々しく輝く満月。正に中秋の名月である。 早速ご近所さんに電話。『今、お月さん出ましたよ。一緒に楽しみませんか。』突然の電話に、即、応答。『チャタ連れてすぐ行くわ。』との事。チャタとは、お誘いしたご近所さん、kさんご夫婦の愛犬(雌)である。『じゃあ、内もダンと一緒に待ってます。』ダンとは我が家の愛犬(雄)である。
かくして、ご近所同士の二夫婦と両家の飼い犬2匹、4人と2匹のお月見が始まったのである。
山の中に作られた我が家。真っ暗に近い敷地内に作られた小さな東屋がその会場となる。お月見には絶好の場所である。
kさんご夫婦とはよく出くわしているが、こんな夜に、こんな山奥の、室外でお会いするのは初めてである。しかも、お互いの飼い犬まで一緒というのは、正に前代未聞の光景である。
仲良さそうに匂いを嗅ぎ合う犬たちの姿は微笑ましくもあり不思議な楽しさをより一層かき立ててくれるようであった。
犬たちはおやつをもらい、我々人間は月を愛でながらおはぎとお茶で和やかな一時を過ごすことが出来た。
透き通った青く輝く月光は、辺りを穏やかに照らし、なんとも言いようのない、ほんわかとした空間を作り出してくれたように思う。
正にご近所さんとの関係は、はこうあるべきだと実感しながら、こんな素敵な関係がこれからも続きますようにと、満月に願いを込めた一夜となった。
来年もお月見をしましょうねと約束を交わし、お開きとなった。
ただ月を見ただけなのに、こんなにも暖かい幸せな雰囲気を与えてくれたのはやはり満月の姓だろうか。
自然の偉大さに感謝である。・・・・・!!。
第32話『まさかの交通事故未遂・・・。』
集金常会の夜。家路についた。時刻は夜の9時前だろうか。星のきれいな夜だった。集金常会とは、同じ隣保内で、月に1度みんなで集まって、町内の予定を確認し合う会合である。今日も大きな問題も無く、平穏に会合を終えたのである。
その帰り道、何気なく車を走らせていた次の瞬間、道路脇から突如飛び出してきた黒い塊。しかも大小2つの大きな塊である。慌ててブレーキを踏みながら急ハンドルを切る。カーブを描きながら、ハンドルごしに目に映る映像で、確認できたのは2匹の熊である。
道路脇から飛び出した熊とぶつかりそうになるなんてねえ。林道ならまだ分かりそうな気もするが、里の人家が広がる生活道路ですよ。
ぶつかること無く停車できたから良かったものの、もし転倒でもして、おまけに熊と戦うようなことにでもなっていたら、ケガだけでは済まないかもしれない。やれやれと胸を撫で下ろしている間に、幸いにも、クマは後方へ逃げ去っていったのである。
鹿が路上に飛び出してくる話は、当但東町では珍しい話ではない。鹿の飛び出しのせいで修理に30万かかったなんて話はざらにある。
私自身も、鹿に関しては貴重な経験をしている。峠の林道で頂上付近にさしかかった時、大きな雄鹿が、路上の真ん中に立ち塞がり、パッシングをしようがクラクソンを鳴らそうがビクとも動かないのである。3分ほど辛抱したがまだ動く気配が無い。意を決して、ゆっくりゆっくり近づいていった。まだ動かない。仕方が無いので、ゆっくりと車の車体で押すことにしたのである。軽トラに押されて仕方なく動いた鹿は、何事も無かったかのようにゆっくりと去って行った。自由な動物たちの振る舞いに驚かされる出来事であった事を覚えている。
しかし、クマの飛び出しのせいで・・・、と言う話は今まで聞いたことが無い。これもまた、新たな自然体験として、長く記憶に残るシーンであろう
いろんな地域でクマの出没情報や被害情報が出ている。まあ、これだけ自然豊かなところに住んでいれば当然だわなあ。そんな風にまるで他人事のように思っていたが、いざ自分が直接経験すると、やはり切実な問題である。
『熊がぶつかって来て、交通事故やて・・・・ どんな山奥の話なん・・・・』
そんな声が聞こえてきそうである。
皆さんも、気いつけなはれや???。
第31話 『渡辺直美降臨。』
「おとうさ~~ん・・・。」朝の6時頃、助けを求めるけたたましい妻の声。眠い目をこすりながら急いで駆けつけてみると、ハチに刺されたと言うのである。
どうやら、アシナガバチである。右手の親指と人差し指の間。手の甲を刺されたらしい。スズメバチではないし、まあこれで大丈夫だろうと言うことで、そのままにしておいた。
2時間後、またもや「おとうさ~~ん・・・。」と、妻の声。薬を持って行ってみると、そこには、普段は見たことも無いほど腫れ上がった手があった。パンパン、と言うかブンブクレと言うか、腫れ上がったと言うより膨れ上がったと言う方が正しいかもしれない。『可愛そうに』と言いながらしげしげと眺める。腫れ上がった手は熱を持ち多少の赤みを帯びていた。
その内にあることに気がついた。最近のテレビのコマーシャルで、渡辺直美の出演しているワンシーンを思い出したのである。チャーハンを食べるシーンで、レンゲですくいきれなかった残りの具を、そっと右手の人差し指でレンゲにかき込むシーンである。以前から、私はその瞬間の直美さんの、コロコロとした指が、赤ん坊のようで可愛らしくてしょうが無いという思いを持っていた。そこで、つい「渡辺直美みたいで可愛いやんか」と。口走ってしまったのである。
「もう・・・。」と半分怒りながらも、何かしら気が紛れた様である。
1週間ほどで、渡辺直美から元の妻に変貌を遂げ始め、2週間後には昔からの妻に帰った。
それから約1週間後、またもや 「おとうさ~~ん・・・。」朝の6時頃、助けを求める、けたたましい妻の声。眠い目をこすりながら急いで駆けつけると、今度はムカデに刺されたと言うのである。
さすがに今度は重傷。すぐに医者に行くことにした。診察を済ませ、薬も施し治療もするが、咬まれた小指は腫れ上がり、水ぶくれが出来る始末。本当に痛そうでつらそうである。
しかし、何と、またもや渡辺直美の降臨である。腫れ上がった小指は、可愛そうと言うほかは無いが、それ以外の手には再びふくよかな渡辺直美状態が戻ってきたのである。久しぶりに再会した有名人。良いような悪いような。あまりにもひどい状況。
命に別状無しとは言いながら『皆さん気、着け名晴れや』と叫ばざるを得ない状況であった。
1週間後の小指の写真を掲載しておきます。
もう、降臨しませんように・・・・・!!
第30話 『ナデシコよ永遠に・・・。』
愛犬のダンと散歩に出かけた。我が家は山の谷筋の入り口にあるので、
朝の散歩は山の奥へ、夕方の散歩は村の道筋へ行くことが習慣となっていた。
今日は7月の中旬。夕方になり、いそいそと散歩に出かけるが、なぜかいつものコースを行きたがらない。どうしたことかと思いながらも、彼の進む方向へ仕方な行く事にした。普段は通らない道を行こうとするので、どちらが散歩に連れて行ってもらっているのか分からない状態である。
日頃通らないコース。道端の植物は、なかなか興味深いものがある。「あれ、これ、カワラナデシコやん。」昔は、けっこうそこら辺に咲いていたが、最近ではかなり珍しい存在となっている。どこかに咲いていないものかと、探していた植物である。発見しか喜びに、心が躍っている自分がそこに居た。
本当にカワラナデシコだったのか、少し心配だったので、この発見を家内には黙って、図鑑で調べた。
2日後、今度はカメラを持って散歩に出かけ、シャッターを押す。家に帰って家内に見せる。「わあ・・。カワラナデシコやん。」『そうや、見つけたんやで』
3日後楽しみに現地へ行く。何とカワラナデシコはおろか道端の全ての草が刈り取られ何も無い状態。
お盆を前に、地域の美観のためには非常にありがたい草刈り作業。彼らは仕事をしただけである。決して悪くは無い。しかし、その発見を楽しみにしていた人物にとっては、何とも無残な話である。
どうやら、草刈機の発達はそこに根付いてきた沢山の植物の存在を脅かす原因にもなっているようである。
かくしてカワラナデシコの姿はどこにでもある野の花という存在から、特定地域にしか存在しない貴重な花になった。
元気でけなげな日本女性を彷彿させる、大和ナデシコ。その名の元となった可憐な花、日本の何処にでも、普通に咲いていたなじみ深い花。そんな『カワラナデシコ』は、もはや何処にでも見られる一般的な花ではなくなってきたようである。
カワラナデシコよ、永遠に・・。
そう祈るばかりである。
第29話 『身代わりモミジ現る。』
4月に入院をしてしまった事を公表しましたが、何とあろう事か6月にも再び入院してしまいました。今まで病院になんか行った事が無かっただけに、大いに慌てふためく事となりました。
今度は胆嚢炎。胆嚢を摘出する手術でした。辛抱が良すぎたためか炎症がかなり進んでおり、なかなかの大手術だったようである。へその上10㎝。ぱっくりと切開しての手術であった。手術も無事終わり、退院してきてからこの話は始まるのである。
前回、脳梗塞で入院した際、無事の退院を記念して、記念植樹をしたのである。4本の紅葉を植樹し、その内の1本に、何かの記念にと『命の記念』と書いた木製のプレートを付けたのである。
この8年間に70本の紅葉を植えてきた。石だらけの荒れ地でも、今まで枯れたことは無かった。しかも、今回プレートを付けた木は土の状態が極めて良く、土地の条件としては最高の場所であった。
にもかかわらず枯れてしまったのである。入院するまでの4日間、胃の辺りが何か違和感があると感じながらも、様子を見ようと我慢していた時から少しずつ枯れ始めていたようで、退院してから見に行くと、完全に枯れ果てて、カサカサになって立っている。
家内は、何かがあっては大変と、そのプレートを外したとの事。村の人たちも『何かおかしい。1本枯れとるぞ。しかも記念植樹した木だけが枯れとる』と言う事になり、『身代わりモミジ』という話へと変化していったのである。
命の記念と書いたネームプレートを付けた木だけが枯れ、そのネームプレートを書いて取り付けた人間が無事生還する事となった。言われてみれば正に身代わりである。枯れやすい場所に植えた木ならまだ偶然もあるだろうが、今までに70本の実績があり、その中でも最高の条件に植え付けられた木が、これほどまでにあっさりと枯れてしまう事などあり得ない。
村の人たちは、一生懸命植えてきた木達が「ありがとう、今度は私たちが身代わりになってお礼するから、これからも頑張って植え続けてね」そう言って身代わりになってくれたんやで。そんな話で落ち着いているようだ。
信じる信じないは、それぞれの自由に任せる事になるが、まあ、不思議な事もあるもんだと感心している。今もその木は、枯れたままワイヤーメッシュに囲まれてその場に立っている。この後どうしたものかと考えあぐねている次第である。
「身代わりモミジ。あなたは信じますか。今まで70本も植えてきたのに、枯れなかったのも事実。最高の場所に植えたのに枯れてしまったのも事実。しかも入院中の10日間で完全に枯れてしまったのも事実。さあ、あなたはこれをどう見ますか。!!!。」
第28話 『屋根の軒に徳利が・・・。』
今までにも沢山の蜂がこの周辺に飛来してきた。週に1度は必ずやってくるオオスズメバチ。どこかに巣があるのだろう。ここは僕たちの縄張りだとばかりに巡回しているようである。キイロスズメバチもかなりの頻度で巡回を繰り返している。アシナガバチに至っては日常茶飯事と言っていい。こんな豊かな自然の中の喫茶店だから、虫が飛ぶ姿は珍しくない、と言うよりは当たり前の事である。
こんな自然な中でも、なかなか見る事がないものをついに見つけてしまった。それはトックリバチの巣である。見た目は、トックリの口が下に向くようにぶら下がったような形で、かなり特徴的である。 このハチは、体長が10mから15m程度の小型のハチで、ハチの中でも小さい方である。全体的に細長い体をしており、胴の部分が特に細くくびれている。色は黒色で黄色い輪のような模様が2本ある。攻撃性も毒性も弱く人間にとって危険な存在という訳でも無い。その分、ハチ界での順位も低く繁殖もそれほど広範囲では無いと推測される。 そんなトックリバチが我が家のベランダに巣を作ったのである。蜂の巣の出現になんとか駆除するように騒ぎ立てる妻をなだめつつカメラを構える。ハチの姿をなんとかカメラに収めようとするが、なかなか姿を拝む事が出来ない。 毎日気がつけばカメラを向ける日々が続いているが未だに対面していない。自然はそう簡単には姿を見せてくれないようである。 いつかは鮮やかな黒いお姿を・・・・。そう願う毎日である。
『皆さんの家の軒に、徳利は着いていませんか???。』
第27話『入院しちゃいました・・??!!! ドクターヘリで』
3月号をまとめようとした矢先、突如入院することになってしまった。なんと脳梗塞である。3月の28日、日曜日の営業も中盤を過ぎ、2人のお客さんのランチを出し、食べ終わった後話をしていた時、突如、家内が騒ぎ出したのである。『お父さん、どないしたん、口、いがんでるで。右が引きつってる。何かおかしい。救急車呼ぶよ。』と言う訳で、あれよあれよという間に救急車に乗せられ、気がつけばドクターヘリに乗せられて、豊岡病院に入院する運びとなった。
病院に搬送されたのはいいが、コロナの影響でPCR検査が終わるまでは病室にすら入れない。いきなり鼻に綿棒を突っ込まれ、ビニルの覆いを被されたまま、ただただ横たわって待っている。1時間の後、陰性と判明。やっと覆いをとってもらい、次なる検査へと向かう。
いろんな機械に通され脳内の写真撮影。何が何だか分からぬまま次々と物事が進んでいく。今までに経験したことが無い、様々の事が一度に身に降りかかってきたのである。PCR検査なんてニュースで他人事のように聞いていたこと。今、実際に自分が経験しているのである。私の親戚の中でPCR検査を受けた人物がいるという話はまだ聞いたことが無い。ちょっとした自慢と言ってしまえば世間様に申し訳ない気もするが、この事によってコロナが改めて自分の中で身近な存在になったことは言うまでも無い。
さて、慌ただしく始まった入院生活だが、次の日からはもう何も無い。午前中3時間の点滴と時々のリハビリ。昼食の後、時々のリハビリと長い~い休憩。夕食の後9時からまたもや3時間の点滴。後は寝るだけ。これが毎日の日課であり、私の忠実に果たさなければならない仕事である。それ以外はただぼんやりと体を休ませること。
大きな文句は無いが、なにせ暇である。この上もなく暇である。自由に酒でも飲めればけっこう楽しい入院生活なのだろうが、そんなはずも無く・・。この上も無く暇である。
暇なだけならまだいいのだが、もう一つの地獄がまっているのである。それは、寝られない地獄である。私のいた部屋は4人部屋で、しかも実に回転の速い病室であった。毎日手術直後の患者さんが出入りする。多数の医師や看護師の声は治療行為という名の下に遠慮というものを知らない。
今晩一晩だけは絶対に動かないようにと、手足を梗塞された患者さん。『なんでこんな事をするんだ。この紐を解いてくれ。』この声が夜中病室に響くのである。
イビキの音も格別である。リズミカルなものはさほど気にならないが、時々止まるのである。『あれ、止まったぞ。大丈夫かいな。・・・まだ止まってるで・・。死んどんちゃうやろな』こちらも寝ながら心配している矢先、突如 嵐のような大イビキ。「ああ、生きとった。」これが一晩中続くのである。
またある日には、「看護師さん、おしめ替えて。」これをまるで寝言のように繰り返すのである。あまりにも気になったのでナースコールのボタンを押し、その吾人の代わりに看護氏さんを呼んだ。『おしめ替えてほしいらしいよ』そしたら看護師さん、おしめを点検。「おじさん濡れてないよ。大丈夫大丈夫。』との事。こちらのむなしさは更に高まる。画してこの状態は今晩も続くのである。
寝られる訳が無い。まあ、2時間がいいところである。体や精神を休めるための入院生活のはずが、現実は違った。毎日が暇地獄と寝られない地獄の二重苦の生活なのである。
しかし、反面、こんなにも人間の根源的な、命との向き合いの姿を、間近で体感し、実感できた事。またとない時間であったような気もする。
人間とは、如何に人に頼らなければ生きていけない存在であるか。はたまた、何気ない日常が如何に有りがたいものであったのか、改めて気付かされる、貴重な人間観察の時間であった。
退院後のビールの旨かった事。ドクターストップならぬ嫁さんストップにより、500㎖一気飲みの夢は、350㎖に変更を余儀なくされたが、改めてそのうまさに感動した事を覚えている。
日常の、何気ない全ての事のありがたさを再認識させられた経験であった。
「いや~、人生何が起きるか分かったもんじゃ無い。皆さん気つけなはれや!!!。」
第26話 『こんなにも速く動いているんだねえ・・・。』
今日は5月12日。3月号をまとめようとした矢先、突如の入院。脳梗塞である。2週間の入院で事なきを得たが、今までに経験した事が無い大変な2週間であったことは言うまでも無い。入院と言っても、1日6時間にも及ぶ点滴と毎食後の大量の薬と多少のリハビリ。後は寝ているだけである。この上も無く暇な時間であった。
入院したのは3月の28日。退院したのが4月12日。それから1ヶ月たったと言う事である。退院して2週間は、体慣らしというか無理をせずにと言うか、過ごす事になった。2週間後から営業再開。様子を見ながら現在に至っている。
今、つくづく時の流れの偉大さを実感している。なんか浦島太郎のような感覚さえするのである。
当地の春は、周辺の山々に咲き乱れる、白いコブシの花から始まる。(本当名前はタムシバ)その次は、橋のたもとに咲き乱れる、黄色いレンギョウの花。その次に、なぜか毎年他の場所より遅く咲く梅の花が盛りを迎える。この頃になると山道を行けば、そこかしこに極小の花弁が鮮やかに咲くヤマザクラを見かけるようになる。
こうなれば春本番、もうすぐソメイヨシノの出番である。『3分咲きだ。きれいだねえ』こんな事を言っていた矢先の入院であった。たった2週間なのに、入院中に桜の季節は終わり、その次に、毎年、店の周辺で美しく咲き乱れるのを心待ちにしていた、コバノミツバツツジも盛りを過ぎてしまった。
今日、山に行くとピンク色のウツギが花を付け始めていた。『うの花の匂う垣根に、ホトトギス早も来、鳴きて、忍び音漏らす夏は来ぬ。』ウノハナとはウツギのことである。唱歌に有るように、もはや夏を思わせる季節が到来しようとしている。
2週間の入院と2週間の体慣らしは、季節の動きの速さから見れば、もはや浦島太郎である。季節の進みは、人間の存在とは無関係に、確実に前進していくようである。
改めて自然の偉大さに感心させられる、貴重な経験であった。
人生いつ何が起こるやもしれない
『皆さん、気つけなはれや!!!。』
第25話『餌の切れ目が・・??!!! あんなに有ったのに』
新年最初の訪問者がイソヒヨドリであったことを1月号で紹介したが、その続きを書くことになろうとは思いもよらないことである。同じ個体なのかどうか定かでは無いが、私の個人的な感覚では同じ個体だと思っている。そのイソヒヨドリが2月になっても居座り続けているのである。
知り合いのご夫婦から、クリスマス用のリースを作るための、真っ赤なサルトリイバラの枝を頂いた。大きな実が鈴なりに付いている立派な枝である。来客みんなが感嘆の声を上げるくらい見事な実の付き加減である。クリスマス用に飾り付けた。なかなか見事な出来映えであった。すぐ片付ければ良かったのだが、飾り付けたのがベランダのデッキの部分。誰でも見られ素晴らしい出来映えであるが、何しろ吹きさらしの寒い場所。ついついおっくうになり、そのまま2月を迎えてしまった。
その最中、例のヒヨドリが餌場として認識をしたようである。毎日せっせと通い詰め、一粒ついばんでは身を隠し、また一粒ついばんでは、腰を振り・・・。すっかり居着いてしまったようである。
毎回デッキの手すりに飛んできては、首をかしげながら実を探す。「どれにしようかな~~・・・?」こんな感じで首をかしげる姿はなんとも可愛いものである。これだと決まったら、まっしぐらに飛んでいき、見事についばんではまた手すりの同じ場所に止まる。一度飛んでくると、その行動を数回繰り返し、満足げにどこかへ飛んでいく。これで終わりかと思えば、1時間ほどの間隔を開けてまた飛来する。最盛期にはこの行動を日に数回は繰り返すのである。なんとか写真に収めてやろうとカメラを構えるが、そんなときに限って気配を感じるのかついばむ行動をしてくれない。
こんな日が1週間ほど続いたある日、やって来たヒヨドリが、手すりの上で首をかしげながらじっとしている。既に食い尽くしてしまったのか、ついばむ実がないのである。しばらくの沈黙の後、元々店の入り口に飾ってあった、サルトリイバラの赤い実を使ったリースの存在に気がついたようである。一昨年の実だから、既にしっかり乾燥している。言わばサルトリイバラの実の干物のようなものである。
何回も見つめては首をかしげ、見つめては首をかしげ、迷っていたようだが、意を決したか、その干物の実に飛びついたのである。3回ほど挑戦し旨いと思ったかどうかは知らないが飲み込む様子は確認している。いつもなら、その行動を何回も繰り返すのだが、今日はそれで終わってしまった。それほどお気に入りの味ではなさそうである。
せっかくのリースまで食い尽くされてはたまったものでは無いと、家内がリースを片付けたことは言うまでも無い。
次の日、そうとも知らず、いつもの様に現れたイソヒヨドリ。手すりに降りたってその異変に気付いたのである。その慌て用は、何だか滑稽なくらい面白いものであった。リースのあった方向をしっかりと見つめ、手すりの上を行ったり来たり。
『無い、せっかく見つけた俺のご飯が無い。無いぞ、どこに隠したんだ。どこだ・!?』
さすがに残念だったのか、次の日もやって来た。またもや手すりの上をウロウロ・・・。
次の日からはもう来ていない。『金の切れ目が縁の切れ目。』ということわざが有るが、此処は差し詰め『餌の切れ目が』と言うところだろうか・・・・・・・?。
ま、しょうが無いか・・・・・・・?
第24話『シャ、キ~~ン・・・』
今日は2月7日。今季何回目かの雪が昨夜から降っていた。朝になって雪は止み、青空が見えている。愛犬のダンといつもの散歩道に繰り出した。(犬は喜び庭駆け回り・・・)あの歌が真実に基づいた歌であることがよく分かる。その歌詞そのままにはしゃぎ回るダンの姿がまぶしかった。
15㎝は積もっていたであろう山道は、新雪を踏みしめながらの朝日に輝く美しい大自然である。ダンは新雪に顔を突っ込み、鼻先で新雪をラッセルしていく。辺り一面鼻を突っ込んだ穴だらけ。それに飽きると、今度は雪に背中をこすりつける。両足は天を仰ぎに雪の中で伸びを打つかのように腰を振る。正にやりたい放題である。朝の光の中、よほど心地よい瞬間だったのであろう。3分近く没頭していた。
ようやくいつもの散歩コースへと歩を進めていく。
3年前に植えたモミジの木。新雪が覆い被さって、4m程に育った木が今にも地面に着きそうなほどねじ曲げられている。正月の大雪で、せっかく植えた木々がかなり被害に遭っていることから、このままではこの木もまたやばいかもしれないという思いが心にうごめく。なんとか元気に持ち直してほしいと言う思いから、枝をつかみ、積もった雪を振り落とした。大量の雪が降りかかり、ダンも私も雪まみれの状態になったことは言うまでも無い。最悪を感じながらも、僅かな期待を抱きながらその場を立ち去ることにした。
夕方の散歩。いつもなら山道では無く。人里の方へ行くのだが、今日は朝のモミジが気になっていたので、再度山の方へ行くことにした。あのモミジはどうなっているだろう。心なしか早足になる。どうだろう。どうだろう。どうだろう。
え・・!!。シャキ~~ン!!!!!!!
朝まで地面に着きそうなほどねじ曲げられていたあの木が、何事も無かったかのようにまっすぐ立っている。自然の回復力というのは本当に素晴らしいものである。
いったん折れてしまえば、そんなに劇的な回復は見込めないだろうが、ねじ曲げられるくらいの次元であれば回復できるような余力があるようである。
これは人類の未来を考える上で大きな指針となりそうな事実である。
人類の地球に対する破壊行為も、自然の回復力の余裕がある内にやめるべきものなのであろう。回復力に余裕がある程度の被害はあのモミジのように・・・・・。
シャキ~~ン!!!!!!!
元通りになったで・・。 そう在りたいものですね。
第23話『お父さん、何か飛んどう・・??!!! 新年初の訪問者』
去年はコロナ コロナで、大変な1年となった。せっかくやってくる正月休み。子ども達も孫達も帰省することが出来ないとの事。いつもなら慌ただしいはずの年末も、なんとなく物足りないさみしいものとなった。
我々とて同じこと。何処へも行けず、何も出来ず、なんとなく心配しながら、なんとなく辛抱し、ただ何んとなく、ただ何んとなく・・・。例年に無い年の瀬となった。
「え~い。それならいっそ寝正月。」家内と二人でそう決め込んだ。但東町の山の中、今年は冬眠生活をすることにしたのである。それを後押しするかのように年末から大雪が降り始めた。ただでさえ人通りの少ない山の中。大雪にふり込められれば、ますます人は来ない。正に本当の冬眠生活を過ごすこととなった。
すっぽりと雪に埋もれた山小屋は、ある意味別世界。人の目を気にすることも無く、極めて自由気ままな生活である。こんなにのんびりとした、何もしない正月は生まれて初めてである。何もしない、誰も来ない、する必要も無い、全てが自分たちだけの自由時間である。
不思議な自由を心ゆくまで味わいながら新年元旦を過ごし、二日目の早朝。(午前7時だから、早朝でも無いのだけれど、)妻のけたたましい声で起こされる事となった。「お父さん、何かおる。飛んどう・・・。」白みかけた早朝の部屋に、何かが飛び回ってる。眠い目をこすりながら電気を付け観察をする。
鳥である。少し大きめの鳥、イソヒヨドリである。なんで此処に鳥が、・・・。何でイソヒヨドリが、???。何で部屋の中に、???。どこから???。何で何で・・・・。
新年最初の訪問者がイソヒヨドリである。とにかく寒さをこらえながら、部屋中の窓を開ける。二人立ち上がり、ワイワイと大声を上げながら追い出し作戦に取りかかる。急な人間の大騒ぎに、驚きを隠せなかったのはイソヒヨドリの方であろう。開け放たれた窓から這々の体で逃げ去って行った。
騒ぎの収まった後、まさかの出来事に眠りを中断され、ぽつんと取り残された私たち二人。今のは何だったんだろう・・・??そう思いながらも、なんだかほっこりとした笑顔が湧き上がってくる、不思議な体験だったことには違いない。
我が家の愛犬 ダンちゃんが夜中に自由にトイレに出入りできるようにと、玄関の戸を10㎝ほど開けたままにしていることを思い出した。あの隙間から入ってきたとしか考えられない。広い表面積の中から、あのわずかな隙間を見つけ出して侵入して来るとは、正に驚きである。
何を思って我が家に侵入してきたのか皆目見当も付かないが、今年初めて訪問者であることには違いない。笑い話で住む訪問者で良かったと思う意外に無い。
いずれにせよ、今年もまた多くの、安全で豊かな自然の訪問者が来てくれることを願わずにはいられない。
『来年の初訪問者が、ドロボウとクマでないことを願うばかりである。』
第22話 『大雪の落とし物・・・』
大晦日からの大雪で、当地亀谷も大きな痛手を受けることとなった。去年まで暖冬で、雪の量が極めて少なかったので、すっかり安心していたのだが、今年は初雪が大雪となった。元日の朝には40㎝にも達し、せっかく植えたモミジやカツラ、タイサンボクやナンジャモンジャ等々、10本以上の木が多少なりとも枝を落とすこととなった。更に、せっかく重さに耐え忍んだ木々も、雪解けとともに屋根からの落雪に、またもや無残に枝をへし折られる結果となった。容赦ない自然の脅威におののくばかりである。
すっかり溶けた7日。辺りを見渡してみた。落胆する以外に方法が無かったと言うのが事実である。
山はどうなっているのだろうと、いつもの散歩道を愛犬のダンと共に散策してみた。ダンは喜んで進んでいくが、前方で立ち止まった。川沿いの小道を塞ぐように山の斜面から大きなナラの木が倒れ込んでいるのである。20メートルはあろう大木である。根の周りの土がめくれ上がるように表面に盛り上がっており、下手な切り方で対処しようとすれば大変な二次災害を引き起こしかねない。
山仕事のベテラン、Tさんに相談した。テキパキと指示を出し、先頭に立って処理に当たった。御年80歳の身のこなしでは無い。Tさんの指示の元、次はあの枝、この枝は最後に切る等々、見事な采配で処理に成功。「これは、ええ薪になるで」と言うことで薪用に輪切り。せっせと軽トラに積み込み、我が家での荷下ろしまで手伝っていただいた。
雪折れの惨状に落胆している私にぽつりと一言。『まあ、自然が剪定してくれたと思えばええんじゃよ。自然に任しといたら絶対に間違いは無い。山の木でも、みんなその試練に耐えてそれなりに成長しとんやから。それでだめなら、それが寿命や。』
なんと清々しい言葉であろう。山仕事のプロは、哲学のプロでもあったようだ。
大雪のおかげで、山仕事の技と自然に対する極意を身につける絶好のチャンスとなった。
二週間分のナラ材の薪を手に入れることが出来たが、それ以上に大きな収穫。大雪の落とし物は心温まる素晴らしいものであった。
自然の造形の神秘 自然が剪定
『自然が剪定したと思えばええんじゃよ・・・・・』
第21話『このクイズ あなたの勝ち・・・??!!!』
日に日に寒さが増し、それと共に、スーパーの店頭に箱入りミカンが並ぶ季節となった。寒い冬、コタツでミカンを連想するのは日本人ならではの風物詩であろう。そのミカンについて、ちょっと面白い情報を提供しよう。ミカンの皮をむくと、中からいくつかの小袋に分かれたミカンの房が出てくる。
このミカン、子どもの頃を思い出していただきたい。兄のミカンの中には11袋なのに、僕のは10袋。何かとても損をしたような気がしたものである。兄は兄で、得意そうに『わーい。勝った勝った~。』と、喜んでいる。皆さんにはそんな思い出はありませんか。わずかな違いなのに不思議なものである。このような違いは一体どうして生まれてくるのでしょう。
そもそも、ミカンの中の袋の数は一定ではないのか。どんなメカニズムで決定されているのか、不思議がいっぱいである。「ミカンの小袋の数なんて考えたこともない。」そんな吾人がほとんどではないだろうか。
ミカンの花びらは5枚。果実が出来るのは、この花びらと大きな関係がある。普通は花びらの整数倍が基本である。つまり、花びらが5枚のミカンの袋の数は、1倍の5袋、2倍の10袋、3倍の15袋、と考えなければならない。それが生物学上の正しい袋の予想される数である。しかし、現実はそう簡単なものではないのである。
子ども達に協力してもらい、給食の時に出るミカンの袋の数を数えたことがあった。給食でミカンが出た日は、何袋の子が何人いたか、全学級にミカンの袋の数の統計調査に協力してもらったのである。一覧表を作り当番の児童が各クラスに回収に行くのである。
同じく教職に就いていた家内の学校の子ども達にも協力をしてもらったことを覚えている。総数6万個のミカンでの調査結果である。
具体的な数字は忘れてしまったが、統計を取った結果、最低は6袋。最高は23袋と、バラエテイーに富んだものであった。つまり一定ではないのである。
さらに、一番多かったのが10袋ではなく、11袋なのである。全体の65%にも及ぶ大半が11袋のミカンであった。
理屈では、10袋が一番多いはずなのにも係わらず。現実はなぜか11袋なのである。なぜ11袋なのか。いろんな人に聞いてみるがいい返事は返って来ていない。自然の不思議と言うほかはないようである。
さて、一層のこと、ミカンの袋当てクイズをしてみてはどうだろう。ミカンの袋の数なんて考えたこともない人たちにとって、これは、なかなか面白いクイズに違いない。正解を知っているのはこの文章を読んだあなただけ。きっと勝てますよ。
『あなたの勝利のために、この話はここだけの話としておこう。』
第20話 『自然は最高の先生・・・』
12月を迎え、山々の木々が紅葉の盛りを過ぎ、落ち葉が目立つようになってきた。朝夕の寒さと共に、木々の葉の数もめっきりと少なくなり、枯れ枝が目立つようになってきた。葉の数が減り、見通しが良くなるこの季節は、冬鳥の観察に適した季節でもある。
小鳥の観察をしようと、カメラを片手に正面の山に目をやる。一本のひん曲がった木に目が向いた。斜面に立つその木は、真っ直ぐ伸びればいいものを、何かを避けるかのように斜面の方へ大きくせり出し、それから垂直に伸びている。何じゃこりゃ、とお思いながらよく見ると、せり出さずにはいられないような状況が見えてきた。そこには大きなコナラの木が既に枝を茂らせていたのである。コナラの枝にぶつからないように、わざわざよけるかのようにせり出して伸びているのである。
今まで気づかなかった光景は、落ち葉の季節を迎え見通しが良くなって、観察可能になったものであった。静かに立っている木々達も、人間の知らない所でかくも強烈な陣取り合戦が繰り広げられていたとは驚きである。後から生えてきた木は先輩の木の生長を妨げないように遠慮しているかのようである。
では、どうしてそんなにも大変な思いまでして、成長の方向を変えてまでも迂回しなければならなかったのか。そこには、植物の生長に係わる大切な要素があったからだ。植物の成長にとって何より大切なものは、水と養分である。水は、根を張りさえすればなんとか手に入る。しかし養分は、根から吸い上げるか光合成で作るか、そのどちらかしか無い。 近いところで育った2本の木の根は、その張り具合は目で確認は出来ないが、互いに大喧嘩を繰り広げながら地下深くで戦っているに違いない。問題は養分の方である。養分は葉で作り出す。葉が養分を作り出すその原料は光である。日光を手に入れないと養分は作れない。従って如何に沢山の葉を、光を受けることが出来る場所に茂らせるか。そのために、如何にそれが可能な場所に枝を茂らせることが出来るか。それが最大のせめぎ合いなのである。たとえ大きく湾曲しても、光を確実に受けることが出来る場所に到達さえ出来れば、種の存続と繁栄は確保されるのである。
そんな目で見ていると、あそこにも、ここにもと言うように、あらゆる場所で植物同士のせめぎ合いが繰り広げられている。見通しの良くなった冬の山は、自然の摂理を教えてくれる最高の先生である。
ふと見つけた、曲がって生える木
自然の造形神秘 そこに見る沈黙の戦い
『自然は最高の先生だ・・・・・』
第19話『カメムシの教え・・・??!!!』
動物の不思議な能力の話として様々な言い伝えがある。中でも、モズのハヤニエは有名である。トカゲや昆虫など捕らえた生き物を冬の間の保存食として木の枝につき刺して貯蔵する習性がある。その位置が高いところであれば大雪、低いところであればその冬は雪が少ないと言うことである。この話が信憑性が有るか無いかは別として、古くから言い伝えられており、自然界の不思議な力として認識されてきた事は間違いが無い。当然のことながら、当たり外れはあるようである。
しかし、これと似たような話で、私が今まで100%信じてきた言い伝えがある。それは『カメムシが大発生すると大雪になる。』と言うのである。数年前、当、亀谷でもカメムシが大発生したことがある。今までに経験したことがないような大量のカメムシである。通常は自然界で集団越冬をするため、枯れ葉の下や木の室などで大集団を形成し、温度が下がるのを防ぐのである。『今年はやばいぞ、枯れ葉の下で越冬などしていては雪に埋もれて種の存続が危ない。』そう、カメムシが感じた場合、民家に押し入るのだろうと考えられるのである。
その冬の2月。降りも降ったり、何と150㎝。通常、降っても40㎝程度の当地方にである。ある意味異常な積雪である。かくして、カメムシ一族は助かったのである。一族の判断は誠に正しかったのである。もし枯れ葉の下に居座っていたならば、ほぼ全滅の道をたどっていたことであろう。人間にとってはその方が望ましいと考える吾人もいそうな話ではなるが・・・。
たかがカメムシ、されどカメムシである。これほどまでに完璧に大雪を予想された日には、信じざるを得ないというのが現状であろう。以来、私はこの話をいろんな所でし、いろんな人が信じるところとなった。たまたまかもしれないし、ほんの偶然かもしれないが、一つぐらい自然の神秘とでも言うべきものがあってもいいのではないかと思っている。
上記のような文章を書いてから5年。今までの私の確信が音を立てて崩れ去る状況に至ったのである。
昨年の冬のことである。ちょうど今頃の季節である。過去にないほどのカメムシが大発生したのである。カメムシの捕獲器(牛乳パックの上を切り開き洗剤を入れたもの)を片手に、一週間の格闘が続いたのである。家内と二人でまるで競争でもするかのように捕獲に興ずる日々である。毎日それぞれが500匹以上の収穫である。これはさぞかし大雪になるのだろうと覚悟した冬の入りであった。
しかし、いざ蓋を開けてみると、なんと、その冬はほとんど雪が降らなかった。『何や、カメムシも当てにならんなあ・・?』そう言わざるを得ない状況であった。
この秋は、去年とは比較にならないほどカメムシは少ない。と、言うことは雪は少ないのか。でも、去年のことがあるからなあ・・・。テレビの気象予報では今年は雪が多いと行っている。
多いのか・・・、少ないのか・・・。神のみぞ知ることだろう。大きな期待をかけられらカメムシからすればいい迷惑である。
「 あなたは、カメムシを信じますか・・・?」
第18話 『来年に備えて・・・』
11月を迎え、寒さも増してきた今日この頃、秋の兆しが一段ときらめき始めてきた。木々の葉が美しく色づき始め、まるで、冬が来る前の一瞬の輝きを見るかのようである。誰もがその美しさに心を奪われる紅葉の季節。美しくもあり、はかなさも覚える日本人にとっては特別の季節である。
この亀谷の地もご多分に漏れず、誠に美しい盛りを迎えた。正面の山々も美しく輝き、まさに今が盛りである。県民町並み緑化事業で植栽された広葉樹も、それぞれの木々が順番に色づき始め、山里に美しい彩りを添えている。
突然ですが、「ねえ、ねえ、なぜ紅葉するの?」そう聞かれたら、あなたはどう答えますか。あまりにも基本的な質問ですが・・・。
植物は動物の違って、そこから移動することが出来ない。その環境の中で適合していくしかないのである。
生きて行くには、食料と水が不可欠である。その大切な水と食糧を供給するために無くてはならないのが葉である。食料は根から養分を吸い上げるか、葉で光合成をする以外にない。水は、根から吸い上げるしか方法はない。しかし、水を吸い上げるためには、葉から水が蒸散していくときの力が無ければ吸い上げられないのである。つまり植物にとって葉は、養分を作る場所であり、水分と養分を根から吸い上げるポンプでもある、重要な使命を持っている。
その大切な葉を、冬になるまでに落としてしまうのである。つまり、葉を落とすと言うことは人間で言うと、冬の間、『食べない、飲まない』生活を送ると言うことである。まるで断食である。
植物が断食してまで守ろうとするのは何だろう。それは乾燥である。樹木本体を乾燥から守ること。そのために、蒸散作用をする葉を捨てること。
水や養分は入ってこないが、水分が葉から抜け出てしまうことを避けようとする。まさに決死の覚悟の行動である。
冬の寒さ、乾燥から身を守る。正に、やがて来る春を待つ自然の力強さを感じずにはいられない。
何気ない紅葉 しかし、それも自然の神秘
『来年に備えて・・・・・』
見習うべきでしょうね。
第17話 『クモのくせに・・・??!!!』
10日月5日 家の周りにクモの巣が目立つようになった。手で取り除くのもなんかいやだし、どうしたものかと考えていると、園芸用の柔らかい棒があった。それを手に取りクモの巣めがけて差し込み、くるくると巣を巻き取ってみた。不意を突かれて驚いたクモは、スルスルと滑り落ちるように逃げ下り、後に残されたクモの巣は、面白いように棒に巻き取られていった。これは面白いとばかりに、その棒を片手に家の周囲を徘徊し、見つけては巻き取り、巻き取ってはまた探し、・・・。あっという間に10以上の巣を巻き取った。今まで細かったその棒は、幾重にも巻き取られたクモの糸にかさを増し、幾分太くなっていた。
これが毎朝の習慣になり、楽しくクモの巣採集に勤しんでいた数日後、新たな発見をすることになったのである。
ある朝、家内に『ほれ見てみ、クモの巣の棒、巻き取ったクモの糸で、大分太くなったやろ。』そんな話していた矢先、よく見てみると、クモ自体が糸と一緒に巻き取られているではありませんか。自分で張ったクモの糸に自らが引っかかってしまっているのである。ほとんどのクモは上手に逃げているのに、むざむざ捕まってしまう、どんくさい奴もいるのだと、感心させられたのである。
クモは、獲物を捕らえるために、張り巡らされた糸の上を、自由に動き回る必要がある。
しかし、自由に動き回れるだけのクモの巣であれば、獲物を捕まえることは出来ない。粘着力があってこそのクモの巣、クモの糸である。そこで考えたのがクモの巣の粘着力の秘密である。
クモの糸は、放射状に張った縦糸には粘着力は無い。その放射状の縦糸の、隙間を埋めるように張り巡らされた横糸にこそ、強力な粘着力があるのである。それを知っているクモだけが、見事にその罠に引っかからないように移動できるのである。
彼らにとっては、突然現れた進撃の巨人に相当するような、大男に巣を荒らされたのだから、慌てて逃げ惑うのも無理はない。逃げ惑いながら自分のかけた罠に捕まってしまった哀れなクモ。よほど慌てていたんでしょうね。
「 慌てて、アクセルとブレーキを反対に踏み間違えて・・・??」
これはクモの巣の教訓かもしれないですね・
第16話 『一 句 詠 ん で み ま し ょ う か ね え・・・・』
10月に入り、少し秋めいてきたような気がする。朝晩の心地よい涼しさや、晴れた日の清々しい秋晴れが心にしみる季節となった。山の木々も少しずつ色づき始め、桜の葉も色づいたり散り始めたり。「秋だなあ・・・」そう呟きたくなる季節だ。
刈り取られた田畑の横道を通る時、1m前後の黄色い小花が沢山の穂にびっしりと咲く植物を見かける季節である。それがセイタカアワダチソウである。日本中どこにでも生えている、迷惑外来植物である。北アメリカ原産で、日本には明治時代後期に、観賞用の園芸植物として輸入された歴史がある。宿根草で、荒れ地でもどんどん生息場所を広げていく丈夫な植物である。一時は、喘息や気管支炎の原因植物だという疑いをかけられて忌み嫌われた時期もあったが、それは誤解であることが判明し、危険植物という汚名は返上している。だが、荒れ地に増えすぎるという特徴から、あまり好まれる植物ではないようである。
しかし、どこにでも丈夫に育つという性質は旨く使えば、なかなか風流な使い方が出来る便利なものになるのである。小学校教師現役の頃、この枯れ枝を使って、国語と図工の学習に活用していた事を思い出す。
一冬を超したセイタカアワダチソウは、黒褐色の乾いた真っ直ぐな茎を残してくれる。軽く、根本から先まで大体同じ太さの茎は、素人でもいろいろ手を加えることが出来る、工作用の材料として優れた素材となる。この茎を刈り取り、子ども達と一緒に思い思いの簾を作るのである。
この茎はカッターで簡単に切れるため、長さを自由に切りそろえることが出来る。着色も簡単、接着も簡単。失敗しても材料はいくらでもただで手に入る。こんな便利なものはそうそうあるものではない。円形のもの、正方形のもの、縦長の長方形・、はたまた菱形のもの・・・。子どもの発想のまま、長さ・大きさ・形は様々、自由である。
その完成した簾に、一句詠んだ短冊を貼り付けて飾ろうというのである。黒褐色の簾を背景に、白い紙に書かれた思い思いの短冊が並んだ教室の壁面は、なかなか風流で風情に満ちたものとなった。
皆さんも一つやってみませんか。
お月見の夜に一句飾ってみるのもなかなかのものですよ。
第15話『鳥目なんか、うそやで~~!!!』
9月18日、少しだけ秋めいてきた真夜中の3時15分。私の寝ている窓辺にけたたましい声。低音で擦れたようなダミ声で、子犬が激しく泣き叫ぶような速いピッチで聞こえて来る。今までに聞いたことがないような不気味な声に、飛び起きて時計を見てしまった。「何や今のは・・?」慌てて窓から眼下の川べりを見てみる。
私の家は谷間の川筋に建っている。かろうじて一灯の街灯が辺りをぼんやりと照らしている。灯りを頼りに注意深く見回すが何の変化もない。が、一瞬、何かが飛び去ったような気配。白いような、黒いような、・・・。
『鳥かなあ・・。でも、フクロウのような夜行性の鳥ならあんな鳴き声を出さずに、静かに、気付かれ無いように狩りをするはず・・・。』あんな鳴き声の獣は存在しないし。考えあぐねた結果、疲れて寝てしまった。
サギの仲間かもしれないというおぼろげながらの予感はあった。この但東町には有名なサギ山がある。その山の木々のほとんどが、サギのねぐらとして利用されている。まさにサギの鈴なり状態である。夜にサギが鈴なりになっていると言うことは、朝まで動かずにじっとしていると言うことに他ならない。おそらく、寝ていると言うことなのだろう。『じゃあ、あれはサギではないのかなあ?』
次の日、鳥に詳しいお客さんの、G氏に聞いてみた。『ああ、それはアオサギや。』『鳥目なんて言うのは嘘や。あんなもん、真っ暗でもビュン、ビュン飛びようで。よう、鳴きながら飛びよんがなあ。』
昔から、鳥は夜になると目が見えにくくなるから、明るい内にねぐらに帰って、じっとしているもんだと教えられてきたような気がする。夜になると視力が落ちる。それが鳥目だ教えられてきた。或いは、そう思い込んで来た。
『何や、嘘やったんかあ・・。』ま、考えてみれば、そらそうやわなあ。夜になると視力が無くなるなんて、そりゃおかしいわなあ・・。暗いから見えにくくなるというのはあり得ることだが、見えなくなるというのは、そりゃ、有り得んはなあ。
『鳥目なんかうそやで、 か?・・・・・。』
第14話 『鹿だらけ、ヤマビルの脅威も・・』
9月に入ってから、ちょっと心配な傾向が見え始めてきた。それは、鹿の出現頻度が増大していることである。
9月以降、毎日のように姿を見る。毎日、10頭前後の出現を確認している。近くで警戒音を発する場合もあれば、実際に姿を確認する場合もある。しかも、過去になかったほど近くで、多数である。
今までなら、こちらの姿を見れば、慌てて身を隠すように去って行ったが、近頃はそうではない。しっかりと目が合っていても逃げようとしない。こちらを睨み付けながら警戒音を発している。
地球温暖化・異常気象等々、様々な変動を声高に言うことは憚るが、何か異変が起こっているように感じてならない。
そんな不安を感じるようになってから、ついに今日、決定的な事件が勃発した。9月20日。午後3時。家から30mの距離、3頭の大きな雌鹿が出現。目が合っているにも係わらず、平然と立ち止まってこちらを見ている。『こら・・!!』大声で手を振り上げて怒鳴っても、平気な顔で立ちはだかっている。『何じゃこりゃ』そう思いながら2・3歩近づき始めたとき、やっと斜面の方へ引き下がり始めた。
数が増え、人間に慣れ、恐れを知らない個体が増えてきたことは間違いない。単に数が増えたのか、食糧難で里に現れざるを得ない為、出現頻度が増えたのか。或いは、狩猟人口の減少が、人間に対する恐怖心を取り除いてしまい、平気で出現する用になったのか。 これだけ鹿の出現率が高くなると、新たな心配事が出てきた。それは、ヤマビルの出現の恐れである。恒温動物に這い上がり、しがみつき、生き血を吸うやっかいなヒルである。佐々木と言う隣村まで繁殖が確認されているらしい。主に鹿が媒介し生息場所を拡大していることが知られている。歯舌と言う独特の口をしており、動物にしがみつくと、その強力な歯で皮膚を食い破り、侵入して生き血を吸うのである。そのかゆい事かゆい事。なかなか駆除がしにくいやっかいな生き物である。
ヤマビルが繁殖した地域では、子ども達の野外活動が制限され、中止に追い込まれた自治体も少なくない。そんな事になれば、自然離れの進んでいる現代っ子には、ますます山から遠ざかる結果となってしまう。
今こそ、真剣にみんなの知恵を集めて、対処しなければならない状況が近づきつつあるのではないだろうか。
出来れば、ヤマビルはご勘弁いただきたいものだ。
第13話『ほっほう~~、重力ってすごいなあ!!!』
8月の炎天下、すぐ側を流れる川をぼんやりと見ていた。護岸工事がされており、きれいに石垣のラインが見えている。水はちょろちょろと流れ、この猛暑を過ごしやすくするほどの清涼感はない。涼しげな音がするだけに、余計にげんなりとしてしまうような炎天下の昼下がりである。
何気なく護岸を見ていると一匹のトカゲが出てきた。「このくそ暑いのに・・・。」と、見ていると、もう一匹の仲間が出現。「ほっほう・・。」と呟きながら見ていると3匹目のトカゲが出現したのである。「なんか面白くなってきたぞ」3匹のトカゲは、獲物を仕留めるかのようにみんな下向きに身構えている。護岸の壁を下向きに、にそろりそろりとはっている。実に不思議な光景である。
3匹のトカゲを見て、ふと気がついた。3匹ともシッポが釣り針のように曲がり、先端が垂れ下がっていたのである。しかも3匹とも偶然とは言え、同じ方向に曲がっていたのである。トカゲのシッポなんて、まっすぐシューと、しているものとばかり思っていたから感心するやら驚くやら・・・。
トカゲのシッポには自切点があり、いざ敵に捕まりそうになると、自分からそのシッポを切り取ってしまい、敵から逃れる術を身につけている。しかも、ご丁寧にそのシッポは、しばらくの間、敵の注意を引くために、まるで生きているかの様にうごめくのである。
その様にしっかりと神経が張り巡らされているはずのトカゲのシッポが、無意識にせよ垂れ下がっている。
今、トカゲの神経は、これから向かおうとする護岸の、下方にいるであろう獲物に集中しているはず。と言うことは、このシッポは意識的に曲げ、垂れ下げていると言うよりは無意識だからこそ垂れ下がっているのである。つまりこの時、トカゲのシッポは地球の重力によって下方に引っ張られていることのなる。
ニュートンはリンゴの落下で万有引力(重力)を発見したが、私は、トカゲのシッポの垂れ下がり方で重力を発見したことになる。
差し詰め、但東町のニュートンてところかな・・・・?
『トカゲも重力には逆らえないのかなあ?・・・・・。』
第12話 『虹色の宝石・・』
8月8日、午後3時。ベランダ前方、何かが飛び去る姿を妻が発見。「お父さん、タマムシちゃうん・・・?。」早速、どこに行ったのか徐に探し始めた。『あそこの薪積みの所へ行ったはずやで』と妻の声。慌ててカメラを持ち出し姿を追う。
毎年この時期になると、やってくる自然の贈り物とでも言うべき現象である。タマムシの厨子でお馴染みの美しい虹色の昆虫である。メタリックに輝く美しい色は人間が作り出すことが難しいものであった。
あの色は構造色と言って、赤、青、黄等々のような単色を塗り分けたものではない。構造色というのは、いろいろな色に見えてしまう構造をした表面の状態によって作り出された色である。光の干渉や散乱によってそう見えてしまう色合いである。
構造色の代表であるタマムシは、下羽を覆う堅い上羽根の表面が何層もの薄い膜でできており、その何層もの薄い膜に差し込んだ光が、各層で干渉し合い乱反射するために虹色に見えてしまうのである。微細な突起物や、溝によっても構造色は作り出される。CDが虹色に輝くのも、モルフォチョウがコバルトブルーに輝くのも、カワセミが青くガラス質に輝くのもこの為である。
このような不思議な光を放つタマムシだが、最近めっきりと姿を見なくなった。20年ほど前はけっこう頻繁に見ることが出来たのに残念で仕方がない。それには、エノキという木の存在が鍵なのである。
エノキは昔から大木になるため、一里塚代わりに街道沿いに植えられることが多かったが、材木としての利用価値が少ないため、切り倒されることが多くなってきた。実は、タマムシはこのエノキの葉が大好物なのである。クヌギの葉も食べることは食べるが、エノキに頼っていると言っても過言ではない。エノキが減少するにつれタマムシも減少しているのが現状である。実は、日本の国蝶であるオオムラサキも、少し大きめのゴマダラチョウもエノキを食樹としている。
昆虫は、自分が何を食べて成長するか、その植物が決まっている。人間のように手当たり次第に何でも食べてしまう訳ではない。全ての昆虫たちが食べ物が重ならないように、自分が食べる植物が決まっている。種族を維持していくための自然の法則と言ってもいいだろう。
タマムシからちょっと話がそれた感はあるが、構造食といい、食樹・食草といい自然の営みは奥深く美しいものである。
ふと見かけたタマムシが、自然の大切さを再任しくさせてくれた昼下がりであった。
第 11話 『一瞬の命のきらめき!!!』
2020年、7月19日、午後3時31分。但東町相田から日殿に抜ける峠道。あまりにもローカルすぎて、これを見られた吾人には何のことやらわけの分からない所の話に聞こえるかもしれないが、分かる人には分かる場所。
出石へ買い物に出る道すがら、その一瞬の光景が目に映ったのである。峠道を上りきり、下り始た頃、当然のことながら吹かしてきたエンジンを休ませる時。そして、下りに係った道で視界が開ける場所。
道路を横切る小さな影。頭の中で検索が始まる。狸や狐にしては大きすぎる。イタチにしてはあれほど胴体が長くない。オコジョでもない。ハクビシンでもない。アナグマでもない。大きさからするとタイワンリスに近い。40年ほど前から、害獣としてその名をはせているタイワンリスだが、観光地から離れた当地でタイワンリスが繁殖していることは考えにくい。しかも、シッポの毛量がタイワンリスより少し少ない。大きさもタイワンリスより少し小さい感じがする。モモンガやムササビと思える節もあるが彼らは樹上生活。地上に降り立つこともあるが、夜行性であるため、行動時間が納得いかない。しかも、学生時代、研究のためにモモンガを飼育していたから、それではないことは一瞬で分かる。
確信を持ってたどり着いた答えは、ニホンリスである。昔は、エゾリスと区別するためにホンドリスと呼ばれていたものである。皆さんがよくテレビで見るしま模様のリスがいるが、あれはエゾシマリス。あれよりは二回りほども大きなニホンリス。
昔はどこにでもいたニホンリスだが、なかなか映像で見る機会がない。だから、「そんな名前初めて聞いたわ。」という吾人も多いことだろう。それもそのはず、今では、絶滅危惧種に準ずる極めて希少な動物であるため、存在を確認すること自体が珍しい代物である。
一瞬の出来事に感動しながら『さすが、但東町だぜ・・・』そうつぶやかざるを得ないひとときであった。
『さすが、但東町だぜ・・・』
第10話 『何という安易なネーミング・・・』
7月を迎えた里山ガーデン。植え付けられた全ての木々はすっかり根付き、葉を茂らせ花を咲かせるものは咲かせ、実るべき樹木はしっかり実り、それぞれが確実に我が家の木々として定着し始めている。
7月になって、2m程に育った樹木の枝先に、小粒の白い花が連なって咲く花を発見した。4月の時点で植え付けた全ての木々に名札をつけていたのを思い出し、そっと名前を確認してみた。なんとその木の名前は「スズランノキ」である。咲いている白い花の連なる姿に、「なるほど」と思う。確かにスズランの花が連なって咲き乱れるような可憐な花のように思える。スズランのような花をつけるからスズランノキとはよく考えたものである。
しかし、同時に、なんという安易なネーミングだと呟いてしまったのも事実である。
安易なネーミングと言えば、じつは自然界にはこんなネーミングかいっぱいある。いっぱいと言うよりほとんどがそうであると言っても過言ではない。身近なところで一つ紹介しておこう。
それはシラサギである。みんなが良く言うところのシラサギだが、実はシラサギという名の鳥はいない。シラサギというのは白いサギの仲間の総称であって、シラサギという名の鳥は存在しないのである。一般的には、白いサギの中で大人になっても比較的小さく育つサギの仲間がコ(小)サギ。中くらいの大きさに成長するのがチュウ(中)サギ。大きく育つのがダイ(大)サギでる。見た目の大・中・小の大きさだけで名前を付けてしまうなんてね。名前をつける学者さんもめんどくさかったのでしょうかねえ。
昆虫界でも同じ事がよくある。例えばニホンの国蝶であるオオムラサキ。青みがかった美しい日本を代表するチョウチョである。アゲハチョウと同じくらいの大きさで、その飛ぶ姿は実に逞しい。このオオムラサキと似たような色彩で少し小降りの蝶がいる。この名前が何とコムラサキである。オオムラサキよりも小さいから、コ(小)ムラサキである。他にもまだある。ミスジチョウと言う蝶がいる。これと色合いがそっくりで小型の種類がコムラサキ・・・。どれも見たまんま。実に安易なネーミングではないか。
どうやら、名前の世界では、安易なネーミングが一番誰もが納得いくものらしい。つまり安易であると言うことは、分かりやすいと言うことなのであろう。分かりやすい、すなわち、異論と唱えにくい事。それが絶対条件であるのだろうか。
人間の名前も、昔は、男は太郎、女は花子。
分かりやすいと言えば分かりやすかったが、、、、、、、。
第9話『ヤマドリ羽ばたく!!!』
新型コロナウイルスの出現で、全ての予定が変わりとてつもなく暗い4月が終わった。そして更に暗い5月に突入した。いつもの散歩道を愛犬の ダン と歩く。朝の爽やかな空気に、いつしか癒やされながら心軽く歩を進めた。ダンもいつものようにシッポを振りながら軽やかに進む。穏やかな一日の始まりである。いつも10mの長いひもで散歩に行く。ダンはかなり自由に歩を進めることができる。誰も通らない山道。結構自由を楽しめる状態である。
その自由なダンが、ある茂みの周りをいつになく訝しげに行ったり来たり。シッポがやけに激しく揺れている。いつもより鼻息も荒くしきりに警戒心をみなぎらせている様子。 と。その時、ダンが何かに突進。バチバチと、激しく羽音を響かせて立ち去る褐色の大きな影。ダンが飛びかかるのを必死に交わしたその影は、紛れもないヤマドリである。大きな雄であった。ヤマドリは、体型はキジによく似ているが、色合いが暗褐色で特に美しい尾羽が特徴的である。昔は結構見ることができたが、最近は生息数が激減しているらしく、めったなことでは拝めない代物らしい。今から18・19年前に、同じ場所でつがいで発見したのを思い出した。今回は雄1羽だけだったが立派な尾羽がやはり圧巻であった。
興奮覚めやらぬぬダンを引き戻しながら帰路についた。いつもはぼんやりしているダンの雄姿を褒めながら、『結構やるやん・・。』などとつぶやいている自分がいた。
翌日、偶然来店した常連さんにヤマドリ日遭遇した話をした。『それは珍しいもんを見たなあ。あれは香ばしくて美味しいんや。キジより遙かに旨いんやで。』
私はヤマドリの存在と発見に興奮しているのに、その吾人は懐かしい味に興奮しているのである。
なるほど、里山に住んできた人達には、こんなにも豊かな自然との触れ合い方があったんだなあと、ふかく関心させられる出来事であった。
次の日から、ダンは、必ずヤマドリ発見場所に近づくと、興奮して周辺を走り回る日々が続いている。
「もう、いるはずないのにねえ・・・・。」
第8話 『なんやかやで 春 先 は 大 忙 し』
きれいに整地され、まるで枯れた林のように、葉の無い木々が連立していた、当「里 山ガーデン」。4月を迎え、あちらこちらから芽を吹く、待ちに待った季節が到来した。毎朝庭を回りながら、同じ日に植えたのに、木によってこんなにも芽の出る時期が違うのか安心したり心配したりしながら眺める日々が続いた。中でもスズランの木が一番 発芽が遅く、無事根付いたのか心配する日々か続いた。
ようやく全ての木々が新芽を出し、春の息吹に包まれた頃、なんとも不可思議な病。 新型コロナウイルスの出現である。4月の木々の様子を紹介しようと考え始めていた矢 先の出来事。全ての予定が狂い、何をしているのか分からないうちに5月になってしまった。そこで仕方なく合併号となったわけである。
心配していた木々は全てが芽を出し葉を茂らせた。まず最初にリキュウバイが白い花を咲かせ、あたりを魅了した。しばらくしてライラックが咲き、カツラの木も可愛らしいハート型の葉をつけている。芝生も一斉に葉を茂らせ、今を盛りの新緑を輝かせている。それに気を良くしたのか、家内は、俄然いろんな花の栽培に取りかかっている。バラの花を3種類植え、シャクナゲをもらってきては植え、テッセンをもらってきては植え、植え、植え、・・・・・。毎日何かを植えている。見るたびに何かが増えてる。「大丈夫か?」『うん・・・。そんなことより、鹿に食われないように柵を作ってよ。』
画して、私の仕事が与えられたのである。斜面の東側は10年前にフェンスをしてもらっていたが西側と南側は開いたままであった。このままでは何を植えても鹿にやられてしまう。なんとかするようにと言われていたのだが、何せ金のかかる事。いつか機会があったらと先送りにしてきたのである。「ついでに、ここの斜面に石垣を積んでよ。シバザクラ植えるから。」
「コロナで客も来ないし、いっちょう、やってみるか。」決心したのはいいが、まあその苦労の大変なこと。手作りフェンス作成に、計画から材料調達、施工まで含めて10日間。なんとか完成。次は石垣積み。今までに経験したことの無い作業。まさに肉体労働の極地である。完成まで、これまた10日間。なんとか仕上がった。大変な苦労はしたが、新しいことに挑戦し、それが完成していく過程は、今までに味わったことが無いほど楽しく充実した日々であった。体はボロボロになったが心は晴れ晴れとする、私にとっては有意義なコロナ休みであった。今シバザクラが植わっている。
山では、ホオノキの白い花が咲き、薄いピンクのウツギが咲き乱れた。今、白いヤマボウシの花も咲き始めている。今朝はイカルが鳴いていた。すがすがしい初夏を迎えようとしている。
家内は、今日も斜面にへばりついている。何かを植えているのか、草むしりをしているのか・・・。とにかく今日も斜面にいる。いや、斜面に生息していると言っても過言では無い。毎日しんどいと言いながらも作業をやめない。目に見えて結果が残る光景に充実感を覚えているのであろう。出来上がった石垣を見てそう思った私と同じであろう。
コロナはどこへ行くのやら。
ほんわかとした一日が過ぎようとしている。
第7話 『時、既に遅し!!!』
今日、お客さんとタンポポの話をした。「そう言えば、最近あまりタンポポの姿を見てないなあ・・・。」
そこで、火曜日の午後、姫路から但東町の店までの道すがら、タンポポを探しながら運転してきた。夜久野ドライブインから店までは。約20㎞あるが、探せど探せど見つからない。スピードを緩め、左右に気を配りながら捜索してみた。
何と、20㎞の間に、わずかに6輪のタンポポの花を確認した。20㎞で6輪ですよ。一体どうなってしまったんでしょうね。田んぼの畦に咲く、誰もが知る黄色い植物。春の到来を告げる代表的な植物なのに・・・。「春だなあ・・!」そんな言葉がどこかへ行ってしまいそうである。
やっと見つけたそのタンポポをそっと指でつまんでみた。セイヨウタンポポである。セイヨウタンポポは、古くから日本に繁茂してるカンサイタンポポより生命力が強く、環境に左右されにくい性質を持っている。「ああ、ここもか・・。」
ふと、30年ほど前に、私が現役の小学校の現役教師であった頃、ある校区の現状を綴った文章を思い出した。それが、以下である。
『大国玉神社 天下分け目の大戦争』
日本古来からこの地に生息していたカンサイタンポポ。どこにでもある普通のタンポポである。このカンサイタンポポ軍に対して、西洋の屈強なセイヨウタンポポ軍が、勢力範囲を広めようと、戦いを挑んできている。カンサイタンポポ軍は敗退の一途をたどり、今や風前の灯火。カンサイタンポポ軍の運命や如何に。デン、デン。
今この峰相小学校校区で、この2種類のタンポポが天下分け目の戦いよろしく、陣取り合戦を繰り広げている。
セイヨウタンポポは、大きく、太く、見るからに頑丈なタンポポである。繁殖力が強く、植物が育つ環境としてはかなり荒廃した悪条件でも育つ生命力を持っている。方やカンサイタンポポは、自然環境の豊かな地域でのみ繁茂する。
この姫路地方でも、市街化の進んだ南ほど、セイヨウタンポポが繁茂し、北へ北へとその生息地域を広げている。この校区では、白鳥台では全てセイヨウタンポポに取って代わられてしまった。少し北へ上がって峰相小学校周辺でもセイヨウタンポポの陣地となっている。方や、カンサイタンポポは刀出・グリンハイツを残すのみとなった。大国玉神社周辺が両陣営の最前線となっている
隣同士で2つの種類のタンポポがしのぎを削って咲き乱れている春である。全市的に見ても、1つの校区内に、2種のタンポポのせめぎ合いの様子が観察できる地域はそんなにあるものではない。ましてその最前線が校区のほぼ真ん中にあるという状況は非常に珍しい
タンポポが咲くのどかな風景。平和の象徴とも言えるようなこんな風景の中に、植物同士の壮絶な戦いがあったとは・・・。来年の春、どこまでカンサイタンポポが持ちこたえることができるのか、密かな応援を送りたいと思っている。
さて、この亀谷はどうだろう。
但東町全体の実態は知らないが、相田地区は、セイヨウタンポポに陣取られていた。豊かな自然の相田地区でさえセイヨウタンポポに陣取られているのだ。あの小学校校区の惨状は察して余りある状況であろう。
が、しかし、だったらなぜ、セイヨウタンポポが一面に咲き誇る畦が無いのだろう。セイヨウタンポポに陣取られることは、もはや、時代の当然の事柄と推定できるのに、たった6輪しか咲いていなのは何故なんだろう。新たな疑問である。
ふと但東町の我が家の敷地に目をやる。あんなにも道中に咲いていなかったセイヨウタンポポが繁茂しているではないか。セイヨウタンポポ自体がなくなったわけでは無かったのである。道中の畦に無かったのである。
これで全ての謎が解けた。草刈りの方法が変わったからである。刈払い機の普及が、セイヨウタンポポ・カンサイタンポポ問わず、タンポポの種そのものの存在を畦から消し去ったのである。
『恐ろしい事じゃあ・・・・・。』
第6話・・・・ 『サムエで、落ち葉・・・か? 。』
同じ地区在住の、園芸家のN氏ご夫婦の紹介で、県民町並緑化事業なるものへの応募 を勧められた。「なんかよう分からんけどやってみるか。」そんな簡単な気持ちで応募し てみた。数々の手続きや提出書類の大変なこと。応募数がそんなに多くないのはこのた めかと実感させられる思いがした。それにまつわる様々な経験や面白い話もあるのだが、 それはまた別の機会に譲るとして、年度末ぎりぎりの3月6日、ついに事業が完成した。
かくして、私費でまかなうにはあまりにも高額な予算が、税金から支出されることと なった。およそ800坪の斜面に、高木・中低木合わせて80本が植栽されている。ま た敷地内の50坪ほどが芝生化されている。その木々の中を、まるで回遊するかのよう に作業道(おしゃれな小道)が一回りしている。
ナナカマド、 イロハモミジ 、ヤマモミジ、 アメリカハナノキ、 メグスリノキ、 アオハ ダ 、ニシキギ等々。80本全部を書くつもりはないが、芽吹きの春と、青葉の夏と、紅 葉の秋と、三つの季節の色を存分に楽しめる。また、その季節の合間を彩るかのように 時々に咲き乱れる花や果実の実りを考えると、もうたまらない魅力である。今はまだ、 木々達も休眠期で、芽吹きの春は想像すらできないが、それぞれ自分たちの場所に静か に収まっている。
家にあった耐火レンガを使ってもらった結果、作業道は実にオシャレな小道になった。 素晴らしい出来映えである。まるで素敵な公園に来たような感覚すら覚えてしまう。 完成後、小道の初歩きをしてみて気がついた事がある。それは、芽も葉も出ていない 木々の景色は実に味気ないものだという事である。樹木名を書いた名札でも付いていれ ば、一見枯れたような木々も、『ああ、○○の木か、楽しみだねえ。また芽吹きの時期 に来てみよう』『秋の紅葉が楽しみだね。』等々、話が弾むはずである。
今せっせと名札作りに精を出している。杉材で焼き板を作り、アクリル絵の具で仕上 げていく。80枚もあるので大変である。「みんなの自然観察に役立てばいいね。」など と言いながら楽しくやっている。
この場所に、みんなに来てもらうなら、親しみやすい名前がいるという事になった。 「みんなが集まる『里山ガーデン』がいい。」と妻の発言。(つどいの森を考える会)が 計画母体だから『つどいの森』がいいのではと私。「両方足して、『つどいの森、里山ガ ーデン』にすればいいやん。」と妻。はてさて、どうなることやら・・・。
まだ芽も出ていない木々達を眺めながら、春・夏・の変化や秋の紅葉を楽しみに、わ くわくドキドキ。期待感でいっぱいの毎日である。ただ、心のどこかに隠しきれない不 安が渦巻いているのも事実である。80本の植栽の内、77本が落葉樹。常緑樹は3本 だけである。ということは、美しい77本の紅葉の後、77本の落葉が始まるわけであ る。ロマンチックな気分にもなるが、後始末のことを考えるとブルーな気分にもなって くる。ほぼ敷地の全てで、一斉に落葉。おそらく、見たこともないようなどっさりの落 ち葉が現実に降り注ぐのは想像に難くない。
冬が来るまでに、なんとしてもエンジン付きのブロアーを手に入れなければと考えて いる。いや、いっそ、サムエに身を包んで竹ぼうき、というのも良いかもしれない。妻 はそう言うのだが・・・・?。
サムエかブロアーか、悩む日々が続きそうである。
第5話 『あの木の下で、また会おう。!!!』
私の住む家は、山間部の小さな谷筋の入り口にある。通称 亀谷 である。川沿いの 道は車では5・600mほど行けるが、あとは徒歩でしか行けない。実にのどかな、私 と愛犬の、お気に入りの散歩道である。
この谷をモミジでいっぱいにしてやろうと、「勝手にモミジ谷計画」なるものを画策 し、この10年間で、既に40本のモミジを植えてきた。自分の土地でもないのに、個 人的にお金を出して、しかも頼まれてもいないのにモミジを植え続けてきたのである。
村の活性化などというような大上段に構えた考えを振りかざすつもりは毛頭ない。豊 かな自然の色合いの中に、モミジの赤が足りなかったのが、なんとなく残念で仕方がな いと感じたからだ。死ぬまでに100本のモミジを植えてやろうと考えている。
そんな最中、地区の子供会から、今年度の活動のまとめとして、何か記念になるよう な活動はないだろうかとの相談を受けた。そこで、「勝手にモミジ谷計画」の一環とし て用意していたモミジを、子供達の活動記念として、記念植樹をしてはどうかと提案し た。
4年生以上の子供達は、自分たちで穴を掘り植樹をし、鹿よけのワイヤーメッシュに 焼き板で作った自分たちの名札をつけ、その後みんなで模造紙にいろんな色で手形スタ ンプを押し、その手形の中に、顔の絵を描き、掲示物を作成する計画を立てた。
当日、店は臨時休業。店内の椅子を片付け、みんなが座って作業ができるようにブル ーシートを敷き、全員集合。手順と説明を聞き、いよいよ作業開始。
植樹班は6年生を中心に、今までに経験したことのない穴掘りに挑戦。深い穴でもな いが、どこかぎこちなく、へっぴり腰の姿がとても可愛い作業風景だった。3本の紅葉 を植え、意気揚々と店に戻る。ここからは記念のネームプレートのための焼き板作りで ある。用意した杉板をバーナーで炙る。日頃はなかなかさしてもらえないが、今日ばか りは大人公認の火遊びである。黒く焼け焦げた杉板をぼろ布で磨く。つやのある黒みが かった板の出現に一同の意欲も満開になる。家に持って帰る土産用のネームプレートま で作成する始末。アクリル絵の具で丁寧に自分の名前を書いていく。思い思いの素晴ら しい作品ができあがった。
それぞれのネームプレートを持って再び植樹した木へ集合。鹿よけのワイヤーメッシ ュに自分のネームプレートを取り付け、満足げに記念写真に収まる。「10年後、また この木の下で会えるといいね。」
3年生以下は、店に残ったまま、手形スタンプに挑戦。思い思いの絵の具を手に塗り、 ペッタン・ペッタン。模造紙の上に花が咲く。マジックで書いた可愛らしい顔が微笑ん でいる。手に絵の具を塗りたくない子に、『じゃあ、足形スタンプにすれば』と提案す ると『それならやってみる』ということで、可愛い足形が二つ模造紙の上下にくっつい ている。なかなかの力作である。これは、公民館に掲示する予定であるとの事。
毎日の愛犬との散歩。可愛らしいネームプレートの横を通るたび、楽しかった活動を 思い出す。
モミジの生長と、成人した子供達が、楽しそうにこの木の下で集い合う機会があるこ とを願わずにはいられない。
第4話は・・・・ 『おーい、言うたら、シューー・・・。』
店のデッキから望む川。その川に沿って広がる細長い空き地に、例によって紅葉 を植えた。5本植えたが成長はバラバラ。雪にやられたり、鹿にやられたり。中でも 1本のカエデは悲惨であった。春先、やっとの思いで葉を茂らせたにもかかわらず、 一晩の内に鹿のために丸坊主にされてしまった。耐えに耐え、1年の辛抱の上、また もや成長を試みるも、5月の好季節にまたもや丸坊主。こんなことが5年も続いた。 まるで、武士に年貢をむしり取られ、息も絶え絶えの農民のような、生きるか死ぬか の状態であった。あまりにも気の毒なのでワイヤーメッシュで囲み、やっと通常の成 長状態となった。こんな様子に村の人たちは、この紅葉を『根性紅葉』と呼ぶように なっている。
この『根性紅葉』を含め紅葉の世話をするため、川向こうに行くために結構な遠回 りをしなければならなかった。水やりしかり。下草刈りしかり。遠回りは結構な距離 である。
その様子を見ていた村の協力者が、『よっしゃ、橋を作ってやろう。』ということに なり、立派な木の橋が完成したのである。危険を感じないように手すりをつけ、その 手すりに、趣が出るように葛を巻き付け、吊り橋風のおしゃれな橋が完成したのであ る。
完成の日、橋を渡りきった向こう岸に、白いガーデン用の椅子を置いた。道路端に も係わらず、人の目を気にすることもなく、家内と二人でコーヒーを飲んだ。実に旨 かった。今までに見たこともなかった新たな景色が広がったような気がした。「こう なったら丸いテーブルもほしいなあ。」次々と夢がわいてくる。
翌日、橋作りに係わった人たちが来店。口々に夢を語り出す。『向こうから、おー い言うたら、「ハイハイ、」って、ワイヤーでシューと、コーヒーを送ったらええんや。』 『向こう岸に大きなブランコがあったらええなあ。』『ツリーハウスもあったら子供ら が喜んでええなあ。』等々・・・・。
完成するかどうかはともかくとして、私も含めて、善良な昔の悪ガキ達の夢は果て しなく広がっていく。
「おーい、言うたらシュー、」なんだかみんなの合い言葉になりそうである。
『乞う、ご期待い!!!』
第3話 『窯元になるまえに、木こりになるぞ!!』
二年間、住む山を探していたと第1話で書いたが、ただ単に山の中で隠遁生活を送り たかったわけじゃない。本当の目的は焼き物がしたかったのである。人からとやかく言 われることもなく、自分一人で好き勝手に焼き物がしてみたかったのだ。
人知れず作陶するために適した場所は、目立たない山中に窯を作ることが絶対条件で ある。しかし、誰一人訪れることが困難な「ぽつんと一軒家」のような場所を探すこと は難しく、またそんな所に住み着く勇気もない。適当な田舎で、適当な山中。人里から 離れてはいるが「ぽつんと」ではない場所。
もう一つ大切な条件がある。それは、せっかく見つけた適当な山中でも、突然そこか ら煙が上がっていたら村中大騒ぎになるはず。山火事を連想するからである。しかし、 過去に炭焼きが行われていた地域ならばその連想からの騒ぎの確率は少ない。
さらに、作りたかった窯が、穴窯(自然の傾斜を利用したレンガ造りの窯)だったの で、傾斜のある山の土地が好都合である。しかも、山の谷筋であれば、水があって、と っさの消火の問題も解決する。
そして、嬉しいことに山中には松の木がいっぱいある。チェーンソウ担いで切ってく れば焼き物の燃料として一番大切な薪の心配はない。
そんな考えで、当地に決定したのである。しかし、いざ生活を始めて見るとそう簡単 なものではない。ストーブ用の薪でさえ、大変である。
皆さんは、直径30センチ、高さ約20mのクヌギの木を切り倒したことがあります か。チェーンソウの刃を入れる角度、倒す方向を決定する裏切りの仕方、木が途中で裂 けないようにあらかじめ施しておく養生の仕方、全てに手順があり、それを確実にやっ ておかないと命に関わるような大仕事だったのである。一見簡単そうに思える木こりの 仕事。これは、ちゃんとした科学的理論に裏打ちされた高度な技術であることを思い知 らされた数年であった。
ならば、チェーンソウは諦めて枯れ木を集めて来れば良いじゃないか。そんな声も聞 こえそうだが、これまたそんな簡単なものではない。枯れ木を集めて来たのでは役に立 たないのである。ストーブ用の薪は、乾きすぎていたら簡単に燃えるが、火持ちが悪い。 一定の火力が持続しなければならない。紙のようにすぐに燃え尽きてしまっては、スト ーブとして役に立たないのである。パスタのアルデンテではないが、理想の乾燥状態を 生木から作り出したものでないと使いこなせないのである。
前 途 多 難
窯元になる前に、まずは木こりになる訓練から始めなければならないことをさとった 亀谷生活のスタートであった。
第2話は・・・・ 「モミジ谷計画」
紅葉の季節がやってきた。自然豊かな環境に抱かれたこの里では、落葉樹の紅葉 が始まる。茶色や黄色の美しい紅葉が広がるのだ。華やかな季節の到来である。 しかし、残念なことに、紅葉の代名詞とでもいうべき紅い色がない。ナナカマド ・カエデ・ハゼ等々の、山間を彩る紅葉の、『紅』がないのである。
そこで、無謀な計画を立てた。『この谷をもみじ谷にしよう』計画である。7年 前に7本のカエデを植えた。6年前にも5本植えた。それから毎年少しずつ植え、 今までに、20本ほど植えている。それは良いことだと賛同して10本植えてくだ さった協力者も出現。この調子で毎年少しずつ増やしていこうと思っている。鹿に 食われたり、雪で折れたり、苦難の連続だが、少しずつ大きく育っている。
30年後は立派なもみじ谷になっていることだと思うが、その頃、私がその光景 を見ることができるかどうかは分からない。みんなが喜んでくれればそれでいい。
『よし、花咲か爺になってやる!!!』
第1話
阪神淡路大震災の2日前、1月15日。当時は成人の日で休日だった。膝まで積もっ た雪の山道。ズボズボと、雪を踏み抜きながら奥へと進む。
ここは但東町の山の中、地元の住民でもなかなか行ったことがないような小さな谷、 亀谷地区である。
私は、いつかは山の中で暮らしたいという願望があった。2年ほど前から適当な場所 を見つけようと土地のブローカーと共に、各地へ付き添ってもらっていたのである。も うこれで最後にしようと話し合い、訪れたのが彼の出身地、但東町の現在の場所である。
山の奥へと続くカンジキの跡。その先を行く犬の足跡。「これ、猟師とちゃうか。か っこええ。まるで、椋鳩十の世界やん。」そんな事を思いながら、ズボズボと雪を踏み 抜きつつ興奮気味に歩を進める。
しばらく行くと、前方から動物の気配。歩を止めるが、その動物はまだ近づいてくる。
何が接近してくるのか、身をかがめながらその方向に目をこらす。まだ近づいてくる。 若い雌の鹿である。私たちの目の前10mまで来て立ち止まり、何かを探している様子。 5mまで近づいた時、我々に気付いたのか、驚くほどのジャンプで体を翻した。その時 のあの白いハート形の尻の毛。ふんわりとした、躍動感に満ちた、誇らしげな白い尻毛。 あの白さは、命そのものの輝きである。
この瞬間、私の住処はここだと決定したのである。もちろん家内には、帰宅後、勝手 に土地購入を決めたことにお叱りを受けたことは言うまでもない。
あれから21年。鹿が原因で土地購入を決めたが、今はその鹿で結構困っている。何 を植えても全て食べられてしまうからである。動物保護は大切だと思うが、これだけ被 害が及ぶと、保護だけを声高に叫ぶ事への疑問を感じざるを得ない。
奈良の鹿は可愛いだけですむが、最近、この近辺の鹿が可愛いとは思えなくなってい るのが現状である。
悪しからず。
ご挨拶
このたび、新しくホームページを開設する運びとなりました。当店の新たな魅力を少しで発 信して行けたらいいなあと思っています。今後とも何卒よろしくお願い致します。
(森の中のカフェレストラン) 静暖の里
当店は、名前の通り本当に森の中にあります。豊かな自然に抱かれ、素晴らしい環境 に包まれています。清らかな小川のせせらぎを見下ろすテラスからは、小鳥のさえず り、美しいく咲き誇る草花、色づく木々の葉、季節ごとの移ろいが目に鮮やかに映り ます。静暖の里をとりまく美しい自然の状況をレポートする場としてこのコーナーを 設定しました。
亀谷レポート(マスターの独り言)
私は、小学校の教師をしておりました。定年を迎える3年前に早期退職し、今の喫 茶店を始めて10年になります。子供達との楽しい活動や教育活動の思い出、ともに 泣き笑いしたエピソード、趣味で始めた陶芸のこと、美しい自然のこと、キャンプの こと、昆虫採集のこと等々。皆さんに伝えたいことが山のようにあります。今までに 経験したり、見たり、聞いたり、考えたりしたことを、忘れてしまう前に吐き出して しまいたい。そんな思いでこんなコーナーを作ることに至ったのです。
私の独り言ですから、まあ、よかったら末永く付き合ってください。
思い出すままに書いていきます。何十年も前の話のこともあれば、昨日の話も飛び 出します。亀谷レポートの名の通り、実際に見たことを元に観察し、考えたことを書 いていきます。